情報とは

情報とは、「もの」ではなく、「区別の操作がうごめくパターン」である。
区別すること。既にあるものとものとの区別ではなく、いままさに作用する働きとしての「区別すること」、そして区別することを反復すること。
この区別の作用と反復の作用の痕跡として、区別されたもの同士の静的な関係が浮かび上がる。
区別と反復の作用が止まってしまえば、この区別された静的なものたちも消えてしまうにも関わらず、静的なものたちは、区別と反復の「動き」を忘却させる。

反復される区別の働き方はつねに揺らいでいる。一定の静的なものの区別されたパターンを生み出すプロセスが揺らいでいるということは、生み出される区別のパターンもまた揺らいでいる、ということである。

遺伝情報でも、言葉でも、それが区別するパターンの痕跡は、波紋や渦と言いうる姿をしているのかもしれない。

メディアというのは、この情報の揺らぎ方、揺らぎつつも一定のパターンをゆるやかに保持する波紋の伝わり方を、試行錯誤しつつも方向付ける、いや、方向などつけてはおらず乱す何か、と言えるかもしれない。
それは水路、流路、水門といったほどのものではなく、流れに逆らおうとする櫂であったり、波紋の中に投げ込まれ小さな波紋を引き起こす小石のようなものかもしれない。
こうなると、もはやメディアは小箱にパッケージされた意味を無傷で伝送する透明な媒体などではなくなる。

ユーザの行動を触発する情報システムをデザインしようというのであれば、まさにこの、泥水に腕を突っ込むような流れに棹さす仕組みの開発が肝要だろう。例えば混沌に、ひとつの渦としてのパターンを生み出すような流路メディアの設計。

例えば、言葉の組み合わせパターンといったことひとつをとっても、この区別の操作のうごめきを触発し、そこに浮かび上がるパターンをすくいあげることこそ、来るべきメディアの設計の鍵となる。