繰り返しのパターンを描くこと

「人類最古のアート? 40万年前の貝殻に発見」

http://jp.wsj.com/news/articles/SB10063842500352674697504580326350830588146

 

このようなニュースがWSJのWebサイトに掲載されていた。

 

この線が、 人類最古のアート、であるという。

 

繰り返しのパターンを描くことと、抽象的な概念を理解できること

この間にはどういう関係があるのだろうか?

 

抽象もまた、ひとつの「言い換え」である。

 

ある「具象的なもの」が言い換えられた先の言葉が、他の具象、更にその他の具象を言い換える際にも繰り返し反復して用いられるということ。たくさんの具象とひとつの抽象の間を行ったり来たり、リズムをとりつつ往復運動を繰り返すこと。

 

この繰り返し言い換える、何度も何度も同じように言い換える、という頭の使い方。

 

抽象的な概念と呼ばれるものは、この繰り返しを通じて浮かび上がる、多くのことをそれに言い換えうるひとつのこと。であろう。


アンドレ・ルロワ=グーランは、人類における「図示表現が現実を素朴に再現するのではなく、抽象することから始まった」と指摘する。ここで言う「表現」とは現実を別の所に再現することではない。端的に抽象すること、つまりリズムにのってパターンを描くことがあり、そこれこそが表現なのである。そうなると記号もまた、現実をどこかへ写し取るための道具、現実に従属した、現実のやむを得ない代理物、といった代物ではなくなる。リズムにのってパターンを描くこと、その運動こそが記号という操作の正体であり、いわゆる記号と呼ばれているモノは、この運動の痕跡ということになろう。

 

繰り返しの作業と、この作業を通じて小さなパターンを生み出し、小さなパターンを積み重ね続けて大きなパターンを生み出してしまうこと。それこそが、ことばを、しばしば「抽象的な概念」と呼ばれる、一見すると独立自存してるかに見えるモノを、生みだしたのかもしれない。