はじめに

今日、AI(人工知能)は、WebやIoTデバイスが生成する大量のデジタル・データから人間を上回る速度と精密さで情報のパターンを発見する力を持ち始めました。AIは大量のデータから抽出されたパターンを用いて、自動車等の乗り物を運転したり、文章を翻訳したり、個々の顧客の嗜好に合わせた広告を選んで配信したりと、従来ではセンスのある人間でなければ出来なかった仕事をこなすようになりつつあります。ここでAIのようなコンピュータと、私たち人間は、どのようにコミュニケーションをとっていくことが望ましいのでしょうか?

 

この問いは、AIのようなコンピュータが生成するデータの世界と、私たちひとりひとりにとっての経験の主観的意味の世界とが、どのように「媒介」され得るのか、という問いに変換されます。コンピュータという自動計算機械によってはじき出された情報が、私たちひとりひとりにとってどのような意味をもつのか、それを思考する知性が求められています。

 

ここに「理系」の世界と「文系」の世界を結びつけるという古くて新しい課題が待ち受けています。即ち、客観性と主観性、それも複数の主観性という、いくつもの「意味」の体系を媒介し結びつけるという課題の中に、新たにAIのようなアクターが加わってきたというわけです。多数の異なる人間同士でも容易ではないところに、新たに多様なコンピュータアルゴリズムが参入し、それらがダイナミックに繋がりあったり反発しあったりするコミュニケーションが始まりつつあります。このコミュニケーション・ネットワークのダイナミズムを理解し、そしてそれをコミュニケーション・メディア・システムとして設計する上で、鍵になるのは意味分節体系としての「言葉」の動性と両義性です。

 

次世代のAIを用いた情報システム(コミュニケーション・メディア・システム)の構想、企画、開発、設計を進める上で、ひとにとっての「意味」の発生と変容のプロセスを深く理解することはイノベーションの引き金になります。こうした背景から、導線設計研究所では「意味」の発生と変容のプロセスを深く学ぶ「文献精読塾」を開催しています。


これまでの開催実績

導線設計研究所 文献精読塾では、これまで下記の文献を課題図書として開催してまいりました。

  • ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史』
  • ユヴァル・ノア・ハラリ著『ホモ・デウス』
  • 中沢新一 著『レンマ学』
  • 中沢新一 著『精霊の王』
  • 井筒俊彦 著『意識の形而上学』
  • 安藤礼二 著『熊楠 生命と霊性』

文献精読塾の講師は弊所代表である学術博士 今江 崇 氏が担当します。今江氏は理工系の背景を持ちながらひろく人間と機械のコミュニケーションに注目し、中でも特にコミュニケーションを通じた「意味」経験の側面にフォーカスしています。文献精読塾では、井筒俊彦の意味分節理論、クロード・レヴィ=ストロースによる「意味」をめぐる議論などを理論的基盤としつつ、理工系の方々にも読みやすい本を課題図書として採用しています。

 


講師からのメッセージ

ベストセラーになった『サピエンス全史』の著者ハラリ氏は、私たちの人類の祖先が獲得した「虚構の力」というものに注目しています。虚構の力というのは、目の前にないもの、見たり触ったりできないものをイメージする力であり、そのイメージを言葉や記号に変換して互いに伝え合い、交換試合、共有する力です。この虚構の力こそが、我々ホモサピエンスが他の動物にまして大規模に「協力する」ことを可能にしました。たくさんの人間の協力こそが、個体の体力の限界や個体の死を乗り越えて、世代を超えて継続的に文化を、文明を建設してきたのです。

 

人類の歴史は、農業革命、書字の発明に国家や一神教の成立、産業革命から近代、現代に至るまで、「虚構」の生産と共有を可能にするコミュニケーション技術の発展の歴史という側面も持っています。そして現在は、AIのようなアルゴリズムが人間が発した「言葉」を含むあらゆる「情報」の生産と流通をリアルタイムで精密に制御するようになっています。その新たな情報コミュニケーションを制御する力は、客観性の領域から、共同主観性の領域、そして主観性の領域にまでおよびはじめています。

 

そうした状況にあり、私たち人類はどうなるのか?

来るべき虚構の生産と共有のためのコミュニケーション技術を、どのように構想し、設計することができるのか?

 

この問いを問うための、思考の道具が必要です。

文献精読塾では「コミュニケーション」「言葉」「意味」をキーワードに、人類による思考の可能性と、近未来の情報ネットワーク技術の構想を模索します。